日本の将棋と西洋のチェス

クスッ、ほっこり、外国人あるある話

日本の将棋と西洋のチェス

20代のころに知り合ったイギリス人男性

約20年前のことです。そのころ私は20代後半のOLでしたが、英会話を習っていたことがあり、そこで講師をしていたイギリス人の男性と知り合いました。そして私が彼の住んでいたアパートに遊びに行った時、将棋を教えました。そして将棋のルールについて説明している時に面白いことがありました。

将棋のルールに疑問を抱く

日本の将棋は相手から取った駒を盤面内に指して、自軍の戦力として用いることができることを説明すると、彼は「なぜ、日本の将棋にこのようなルールが採用されているのか?」言いました。彼がそう聞いてきた理由は、要約すると以下の通りでした。

「日本の武士はサムライ精神を持っている。武士はサムライ精神に従って、例え相手に捕らえられたとしても、相手の味方になるはずがない。そのような裏切り行為をすることは、サムライ精神に反している。だから、将棋のルールとしては違和感がある。」

彼は、このように述べた後、西洋のチェスと比べて言いました。「西洋のチェスは一度捕らえられた駒はもう復活することはない。それは潔いことを良しとする騎士道精神に基づいているから。」詳しく聞いたところ、彼は以前、チェスを好んでよくやっていたようです。

そのせいもあって、日本の将棋と西洋のチェスのルールの違いについて強く興味を持ったようでした。「日本の武士は、西洋の兵士よりもずっと潔いと聞いていたから、それだけに将棋のルールに疑問を持つ」と、言っていました。それに対して私はこう説明したのです。

「日本の兵士は忠誠心も強く、仕えている武将の為に全力を尽くして戦ったのは事実だ。将棋は実際の武士の戦闘ではなくゲームだ。将棋を作った人は、多分、駒を相手に取られて捕虜になると考えたんだ。捕虜はけがの手当を受けるなど敵方に世話になることもあった。そうしているうちに、敵であったはずの相手に対して恩を感じる。そうなると、人情も出てくるので、義理を返すために面倒見てくれた相手の力になって働きたいと思う。取った駒をもう一度盤面に指すのは、捕虜を正式に兵士として雇用することに相当する。日本の武士は恩を返すことを大事だと考えていることが、将棋のルールにも反映されている」

すると彼は言いました。「日本人は義理人情に厚いと聞いていましたが、実際にそうだと感じました。将棋は義理人情に厚い日本人の性質を表したゲームなのですね」と、なんとか納得してくれました。

ルールを教え終わって、彼と将棋をしました。彼が私から取った駒を盤面内に自軍の戦力として指す時に言ったことがあります。「この兵士はさっきまではあなたの為に、戦っていましたが、これからは私の為に働いてくれるのですよね。この駒は、決して裏切ったのではなく、私が必死でけがの手当をして、食事を与え、面倒をみたから、私に対して恩を返すために、一生懸命働いて、あなたを打ち負かしてくれるのです。このような考えに基づいている将棋を私は好きになりました。

日本の食べ物を気に入った彼

彼は日本での生活をとても楽しんでいました。また、日本の食べ物をとても気に入っていました。「イギリスは世界的にみても、美味しい食べ物が少ない国です。それに比べて、日本では何を食べても美味しい。だから、日本に来て以来、たくさん食べるようになったから体重が増えた」と、言っていました。

それだけに、「しかし、ビザの関係でやがてイギリスに帰らないといけない時がやって来る。そうなると、日本の食べ物を楽しむことができなくなってします。一日一日と経過していくなかで、その日がいつか到来することを考えるととても悲しい」と、まで言っていました。

彼は、特にラーメンを好んでいました。ラーメン屋さんに出かけて食べたり、スーパーでインスタントラーメンや生ラーメンを買って家で作って食べていました。彼は一人暮らしなのに、ラーメン丼を6つくらい持っていたくらいでした。その彼が日本を去ってしまう時、私はインスタントラーメンと将棋セットをお土産に渡しました。そのとき、「日本人は恩を返すことを大切にしているということを、私はあなたに将棋を通じて教えてもらった。ずっと忘れない。」と、言ってくれました。