お口が暴れん坊な台湾出身ママ友

クスッ、ほっこり、外国人あるある話

お口が暴れん坊な台湾出身ママ友

台湾出身のママ友

私は現在58才。福祉関係の法人に勤めています。今から20年以上前、一人息子が幼稚園に通っていた頃の話です。当時私は30代前半でパート勤務の兼業主婦でした。
息子の幼稚園のお友達に、ヤンくんという子がいました。ヤンくんのご両親は台湾出身、年齢は私と同じくらいで、お母さんは専業主婦をされていました。

ヤンくんのお母さんとは、子供たちが幼稚園で同じクラスになったことをきっかけにして、マンションがお隣だったこともあり、時々話すようになったのですが、専業主婦の彼女と仕事を持っていた私とは生活時間が重ならず、つかず離れずのママ友としておつきあいしていました。

彼女は、少々人見知りなところもありましたが、もともと陽気で人なつっこく、一度打ち解けるとなんでも明け透けに話を始める人でした。
ある日、ママ友数人が彼女の家にお茶に呼ばれたときに、私もご一緒したことがありました。

聞いてもいないのに値段をいう彼女

息子のヤンくんを「リンジくん」と呼ぶ彼女。麒麟児が由来なのでしょうか。本名とは別の呼び方で息子を呼び、とても大事にしていました。「うちのリンジくんは100g1,000円以下の肉はまずいと言って食べないよ」と愚痴とも自慢ともわからない口調で嘆く彼女。

私に対して「○○さんははじめてだよね。家見るか?」と家の中を案内してくれました。うちも同じ間取りだったのですが彼女の家には大きなグランドピアノがありました。猫足で落ち着いたブラウンのすてきなグランドピアノ。そのために部屋は防音にしていました。これも息子のための物です。「これ台湾のパパが買ってくれたよ。1,000万円よ」と聞いてもいないのに値段を言う彼女。

次々にこれもあれもと家具調度を自慢する彼女。「台湾の実家は金持ちで、私は道楽娘よ。19才のときにブーティックやって潰したこともあるよ」と変な自慢も飛び出します。お金の話ばかりで下品なんですが、つたない日本語のマシンガントークで明るく言われると、嫉妬も忘れてなんだか笑ってしまいました。

勢いに乗った彼女は子供部屋も案内してくれて、ヤンくんの机や青空をイメージした壁紙も自慢。「この部屋いつも晴れよ。青空よ。これうちのパパの会社の社長が買ってくれたよ。」ご主人はシステムエンジニアをされていておとなしい印象の方なのですが、日本企業で働き、そこの社長に気に入られている様子でした。

日本人「なのに」、いい人・・・?

そこで話を止めれば良かったのですが、「これもあれもその社長が買ってくれたんだよ。いい人だよ。日本人なのに。」と衝撃の一言。「…え?」と、一瞬耳を疑いました。しかも「日本人でもいい人いるんだよね」と追い打ち。それでも彼女は悪びれず堂々としています。「私たちも日本人なんだけど・・・」と言葉を飲み、こちらの方が「それは言わない方がいいんじゃないか」とドキドキしていました。

するといつも彼女とランチをしている日本人のママ友が「あ、この人、日本人に偏見持ってるからね。気にしなくていいよ。いつものことだし」と明るく突っ込んでこられました。

へへへと笑いながらリビングに戻った彼女も「悪気ないよ。みんなのことは好きよ。びっくりしたか。」と普通の会話に戻っていきました。他のママ友にも「おたく上の子は男前だけど、下の子は作品悪いなあ」とばっさり。もともと口が悪いのに猫をかぶっていたんですね。これがいつもの会話のようでした。

そのときに彼女から本気で心配されたのが「日本の奥さん大変よね。月に30万でどうやって生活できるの。」ということでした。いつもお茶をしてる仲間の平均の生活費が30万ということでしょうが、うちは生活費にそんなにもらっていなかったのでパートで働いているわけですから、それでも少ないと言われて驚きました。

そういう彼女は株をやっていて専業主婦といいながら副収入があるようでした。台湾の方の金銭感覚の違いをまざまざと知らされました。中学から遠方の私学に行くため、転居していったヤンくん一家。孟母三遷ですね。その後台湾に帰られたと聞いています。あれから良い日本人にたくさん会えたのかなと懐かしく思い出します。