トンガから来た官僚
私は47歳、会社員です。私の会社は、たまに海外から研修員を受入れ、日本の技術の紹介、そして指導などのサービス提供を行っています。20年ほど前のことなのですが、トンガという南太平洋州にある小さな国からゲストを招き入れた時のことです。
そのトンガ人は男性で、年齢は40歳前後、身長は190cmくらい、体重は200kgを超えるとても大きな方でした。現地では、いわゆる官僚をしている人でした。会う前は「官僚」ということで緊張したのですが、実際会ってみると非常にフランクな人で、とても話しやすい人でした。
私は業務の合間に彼の「世話役」をすることになっていました。彼にとっては初めての日本なのだそうで、空港から宿舎のホテルまでバスで移動する際にも、目に入る光景に彼は非常に驚き「あの大きな橋はなんだ？」、「あんな高いビルディング、どうやったら建設できるんだ？」など、移動中は質問攻めに会いました。巨漢で、しかも大きな声で話すので、周りのお客さんの視線をすごく集めました。
その後の研修も順調に進み、初めての週末となりました。会社からは「週末はできる限り外国からのゲストを観光に連れて行くように」と指示を受けていたので、彼に「週末にどこか観光でもしないか？」と声をかけてみました。すると「是非行ってみたい」との回答が戻ってきました。その日は、良く晴れていたので、日本の文化を見せようと思い、鎌倉に連れていきました。ホテルのある東京から約1時間の道のりでした。
鎌倉を観光案内
初めて乗る電車にも彼は非常に興奮している様子で、景色ばかりをずっと見て、駅が近づく度に「街がどんどん大きくなってくる。日本にこのレベルの大きな街はいくつあるんだ？人口はどれくらいあるんだ？」など私に質問を浴びせてきました。いよいよ鎌倉に到着しましたが、既に駅周辺は観光客でごった返していました。その人混みを見て、彼はまた興奮し、「今日は国を挙げてのお祭りがある日なのか？」と目を丸くしていました。
人混みをかき分け、鶴岡八幡宮、長谷の大仏など主要な観光地を案内しました。すると、彼はそれまでの興奮ぶりと打って変わって静かになってしまいました。私が「日本の寺院はあまり面白くないですか？」と聞くと「ごめん、貴重な建物ってことはわかるんだけど、自分にはよくわからない。連れてきてくれたのに申し訳ない」との事でした。
それであれば、と駅前にある野菜などを扱う市場に連れて行くことにしました。見たことがない野菜が豊富に並んでいて、また彼の目がキラキラとしてきました。ある売店の人が「でっかい人だね、ちょっとこれ食べてよ。」とミカンをくれました。いただいたみかんを彼と私で半分ずついただきました。とても美味しい！と彼は上機嫌になり、その姿に気分をよくしたのか、売店の人が、店先に並んでいるくだものをいくつかくれました。「お店のものをタダでくれるなんて、日本人はとても親切だ。」と彼もご満悦の様子です。そんなこんなで一日旅行が終わり、帰路につきました。
商店街の八百屋さんで
ホテルの前にある商店街をちょっと散歩しているとき、自然な流れで八百屋に立ち止まりました。私は「晩ごはんのおかず何にしようかな？」などと考えていましたが、ふと彼の口元を見ると、なにかモゴモゴ動いています。そして「このブドウ、美味しいね」などと言い始めました！なんと売り物のブドウを食べてしまっていたのです。慌てて「これは食べちゃダメだよ」と言うと「え？たった一つだよ。さっきのお店はミカンをくれたじゃないか」と言ってきます。「あそこは田舎だからまだ良かったんだよ。都会のお店では絶対ダメ！」と注意し、その後、お店の人に謝って許してもらいました。
「オモテナシ」の国・日本ですが、日本津々浦々、そんな親切がどこにでもはびこっている訳ではないと知った彼でした。